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寡(すくな)きを患(うれ)えずして
均(ひと)しからざるを患う

ー不患寡而患不均ー    論語 季氏第十六
(論語:十巻二十編。孔子や孔子の門弟の言行を記したもの。
儒家の聖典とされている。四書の一つ。)

 

 {原文}
孔子曰。求。
君子疾夫舎曰欲之。
而必爲之辭。
丘也聞有國有家者。
不患寡而患不均。
不患貧而患不安。

蓋均無貧。和無寡。安無傾。
夫如是。
故遠人不服。
則脩文徳以來之。
既來之。則安之。
今由與求也相夫子。
遠人不服。而不能來也。
邦文崩離析。
而不能守也。
而謀動干戈於邦内。
吾恐季孫之憂。
不在セン臾。
而在蕭牆之内也。

 

{書き下し文}
孔子曰(いわ)く、求(きゅう)、
君子は夫(か)の之(これ)を欲(ほっ)すと曰(い)うを舎(お)きて、
必(かなら)ず之が辞(じ)を為(な)すを疾(にく)む。
丘や聞く、国を有(たも)ち家を有(たも)つ者は、
寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患う。
貧(まず)しきを患えずして安(やす)からざるを患うと。
蓋(けだ)し均(ひと)しければ貧しきこと無く、
和(わ)すれば寡きこと無く、
安ければ傾(かたむ)くこと無し。
夫(そ)れ是(か)くの如(ごと)し。
故(ゆえ)に遠人(えんじん)服(ふく)せざれば、
則(すなわ)ち文徳を修(おさめ)て以(もっ)て之(これ)を来(きた)す。
既(すで)に之を来せば、則ち之を安んず。
今(いま)由(ゆう)と求(きゅう)や、夫子(ふうし)を相(たす)け、
遠人服せずして、而(しか)も来(きた)すこと能(あたわ)ず。
邦(くに)文崩(ぶんほう)離析(りせき)して、
而(しか)も守(まもる)こと能ざるなり。
而(しこう)して干戈(かんか)を邦内(ほうない)に動(うごか)さんと謀(はか)る。
吾恐る、季孫(きそん)の憂(うれい)は、
セン臾(せんゆ)に在(あら)ずして、
蕭牆(しょうしょう)の内(うち)に在んことを。

 

不均

 

{意解}
先師がいわれた。

「求、君子というものは、自分の本心を率直にいわないで、
あれこれと言葉をかざるのをにくむものだ。
私はこういうことを聞いたことがある。

諸侯や大夫たる者はその領内の人民の貧しいのを憂えず、
富の不平等になるのを憂え、 人民の少ないのを憂えず、
人心の安定しないのを憂えるというのだ。

 富が平均すれば貧しいこともなく、
人心がやわらげば人民がへることもない。
そして人心が安定すれば国が傾くこともないだろう。

 ゆえに、もし遠い土地の人民が帰服しなければ、
文教徳化をさかんにして自然に慕ってくるようにするがいいし、
すでに帰服して来たものは安んじて生を楽しむようにしてやるがいい。

 今、由(子路)も求(冉有)も、季氏を輔佐( 補佐)していながら、
遠い土地の人民を帰服させることができず、
国内を四分五裂させて、その収拾がつかず、
しかも領内に兵を動かして動乱をひきおこそうと策謀している。
もってのほかだ。私は、季孫の憂いの種は、
実はセン臾(せんゆ)にはなくて垣根のうちにあると思うがどうだ」
と訳している(現代訳論語)。  

為政者という立場にある者が心がけなければならないことは、
国を富ますより、まず富の不平等をなくすこと、 人口を増やすより、
まず人民ひとりひとりの生活を安定させることにあるのだという。
「不平等をなくせば、国は自然に豊かになる。
人民が安心して暮らせるならば、人口が減ることはない」
さらに孔子は 「民生の安定こそが、国を安泰にする基礎なのだ」と断言している。
これは当に現代にも当てはまることであろう。

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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