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百里を行く者は九十を半(なか)ばとす
ー 行百里者、半九十 ー    戦国策
(戦国策:三十三篇。周の元王から秦の始皇帝までの戦国時代の謀臣、策士
らの活躍を各国別に編んだもの。前漢の劉向の編。)

 

 

{原文}
行百里者、半九十、
此言末路之難。

 

{書き下し文}
百里を行く者は、九十に半ばす。
此れ末路の難きを言うなり。

 

戦国策    

{意解}
 百里を旅する者は、九十里をもって半分の行程だと心得なさい、
というのである。

言うまでもなく、最終段階におけるツメの大切なことを
語った言葉にほかならない。

 名君の誉れ高い太宗が、政治の心構えについて、こう語っている。
「国を治める時の心構えは、
病気を治療するときの心掛けとまったく同じである。

 病人というのは、快方に向かっている時こそ、
いっそう用心して看病にあたらなければならない。
 つい油断して、医師の支持を破ることがあれば、
それこそ命取りになるであろう。 
 国を治めるにあたっても、同じ心構えが必要だ。
天下が安定に向かっている時こそ、
最も慎重にしなければならない」

 政治や病気の治療だけではない。
最後のツメで気を許し、
しまったと臍を噛むことが少なくない。
そうならないためには、
ツメの段階で一層気持ちを引き締めて事に当たる必要がある。

*「戦国策」は、戦国時代の十二国の歴史を国別に綴った書物で、
当時の歴史を伝える書物としても貴重な本とされる。

 漢の劉向(りゅうきょう)が
各国の国策、献策、遊説家の言説といった逸話をまとめたもので、
中国の世界・政治を垣間みることができる。

 この時代は覇者の時代と言われ、
まだ君主を中心とした国体が強かった春秋時代に対して、
戦国時代は「戦国四君」(孟嘗君(もうしょうくん)、
平原君(へいげんくん)、信陵君(しんりょうくん)、
春申君(しゅんしんくん))で代表されるように、
必ずしも国家に縛られない傑人が国をまたいで活躍した時代です。

異能の者を囲い、養う「食客」も流行し、
孟嘗君や平原君が囲っていた食客は
3000人を越したとも言われている。

 このような時代の中での、
各国が巡らせた策略・知恵が記録されているのが
『戦国策』というわけです。

中国には、日本とは異なる、
非常に複雑な政治上の駆け引きが存在する。
二重、三重のスパイも多く、誰が何のために、
何を言っているのか/しているのかを
完全に把握するのは極めて困難なほど。

 何かをなす場合にも、そこには多くの思惑が絡み、
完成を妨げる活動が国を連合させることもある。
そんな中で天下統一の偉業をなそうと思えば、
まさに「九十にして半(なか)ばす」という心境で臨まないことには、
百里には達しない。

 やはり「末路」(最後)が一番難しい。九十里はまだ半分であり、
それまで歩んだ九十里をもう一度歩き抜く覚悟で臨まなければ、
完成に達することはない。

このような時代背景を知れば
冒頭の言葉も重みを感じる。

私たちが生きるということは、
何かに達する途中であると思える。

充実した日々を送り・・・
人生の最期に何かに達する・・・

「我が人生に悔いなし」
そのように人生を歩みたいものですね。

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)


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