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花は半開を看(み)、酒は微酔(びすい)に飲む
ー花看半開、酒飲微酔ー    菜根譚 後集122項
(菜根譚:明の洪自誠編。前集222条では人との交わり、事治、対応の道を説き、
後集135条では退静閑居の楽しみを論じている)

 

{原文}
花看半開、酒飲微酔。
此中大佳趣。 若至爛漫骸醄、

便成悪境矣。 履盈満者、宜思之。

 

{書き下し文}
花は半開を看(み)、酒は微酔(びすい)に飲む。
此(この)中(うち)に大(おお)いに佳趣(かしゅ)あり。
若(も)し爛漫骸醄(らんまんもうとう)に至(いた)らば、
便(すなわ)ち悪境(あくきょう)を成(な)す。
盈満(えいまん)を履(ふ)む者(もの)、 宜(よろ)しく之(これ)を思(おも)うべし。

 

 

菜根譚

 

{意解}  
花を観賞するなら五分咲きの頃、
酒を飲むならほろ酔い機嫌のあたりでやめておく。

このような状態がこの上なく素晴らしいのだ。
酔っぱらってヘドを吐くような飲み方はよろしくない。
「盈満を履む者は、よろしくこれを思うべし」  
満ち足りた境遇にある人は、 このことをよく考えてほしいということだ。

 つまりこの一句は、花の見方や酒の飲み方を語りながら、
実は人生の生き方を説こうとしている。  
なんでも思いどうりになる満ち足りた境遇は、 往々にして人をダメにする。
傲慢になったり、変に意固地になったりして、
かえって人から嫌われることが多い。  

むろん、したいことも十分にできないような、 あまりに不自由な境遇でも困る。
程々が良いということだ。  
恵まれた人でも、一つや二つ、思い道理にならないことを
抱えていたほうが良いのかもしれない。

菜根譚
洪自誠(洪応明、還初道人)による随筆集。
前集222条、後集135条からなる中国明代末期の古典の一であり、
主として前集は人の交わりを説き、
後集では自然と閑居の楽しみを説いた書物である。  

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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