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愚公、山を移す 
ー愚公移山ー   列子 湯問編
(列子:八巻。戦国初期の鄭のひと列御冠の撰とされているが、
偽作説もあり。別名「沖虚真経」。)

 

{原文}
愚公移山

 

{書き下し分}
愚公、山を移す

愚公移山

 

{意解}
太行山と王屋山のふたつの山は、もともと今の場所にはなく、
昔は、はるか離れた冀州(きしゅう)の南で河陽の北にあった。

 その昔、北山に愚公という九十歳ちかい老人がいた。
彼の家は太行山と王屋山のふたつの山に面しており、
彼の家の出入り口が山の北側でふさがれていたので、
どこかに出かけるにも遠回りしなければならなかった。

あるとき、愚公は思い立って、山を切り崩しにかかった。
息子と孫と三人がかりでモッコをかつぎ、
渤海(ぼっかい)に土を捨てに行くのだが、

一往復するのに半年もかかったという。

 其れを見て、近くに住む知瘦(利口者)という者が笑ったところ、
愚公は答えて

「私が死んでも息子がいる。息子には孫ができる。孫がまた子供を作り、
子々孫々受け継いで耐えることがない。
一方、山は今以上高くはならない。

平らにできないことがあろうか」と。

 この「愚公、山を移す」の寓話が言わんとするところは、
1.長期的な視野
2.ユックリズム
の二つである。

 愚公のように、長期的な展望の上に立って、焦らず、慌てず、
着実な前進を心がけることが、
結局は成功の近道なのかもしれない。

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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