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柱に膠して瑟を鼓す
ー膠柱而鼓瑟ー    史記 廉頗藺相如伝
(史記:百三十巻。前漢の司馬遷が撰した、中国最初の通史です。
上古の黄帝から、漢の武帝までの歴史を紀伝体で記しています。)

 

{原文}
藺相如曰、王以名使括。
膠柱而鼓瑟耳。
括徒能讀其父書傳。
不知合變也。
趙王不聽。
遂將之。

 

{書き下し文}
藺相如曰く、名を括(かつ)使う。
柱(ことじ)膠(にかわ)して瑟(しつ)鼓(こ)するが若(ごと)のみ。
徒(た)だに書伝むのみ。
うをらざるなり、と。
趙王かず。とす。

琴柱

{意解}
 琴柱(ことじ)を膠(にかわ|接着剤)で固定してしまったのでは、
同じ音しか出ず曲にならない。

融通の利かない固まった思考を喩えたのが、このことばである。

 戦国時代、趙の国に、趙奢(ちょうしゃ)という名将がいた。
その子の趙括(ちょうかつ)も、幼少より兵法書を研究し、
軍事にかけては、右に出るものはいないと自負していた。

 趙奢の死後、この趙括が趙軍の総司令官に任命されて
秦の大軍を迎え撃つことになった。

しかし、趙括はあえなく惨敗を喫し、戦死してしまう。
何故、趙括は敗れたのか。
かれが総司令官に任命された時、
重臣の藺相如が反対していったことばが

「趙括の兵法は、
柱(琴柱)に膠(にかわ)して瑟(しつ|大琴)を鼓(こ)するようなもの。

理屈こそ達者であるが、実践では、臨機応変な指揮などできない」である。

趙括の敗因は、実践体験に乏しい固まった思考にあったためである。

まさに、「人はすべからく事上(じじょう)に在(あ)って磨くべし」である。

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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