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人は流水の鑑みるなくして、止水に鑑みる
ー人莫鑑於流水、而鑑於止水ー    荘子 内篇 徳充符篇
(荘子:三十三篇。戦国中期の道家荘周とその一門の思想を記したもの。
荘周の撰。外・内・雑編から成り、内編七編以外の大部分は、
後人の仮託になるものといわれている。「南華新経」ともいう。)

 

{原文}
人莫鑑於流水、
而鑑於止水。
唯止能止衆止。

 

{書き下し文}

人は流水に鑑みる莫くして、
止水に鑑みる。
唯だ止のみ能く衆止を止む。

明鏡止水

{意解}
 よく知られている「荘子」の「明鏡止水」である。

 流れる水は人の姿を映すことが出来ない。が
静止した水(止水)は、在るがままに人の姿を映し出してくれる。
人も静止した水のように静かな澄み切った心境でいれば、
どんな事態に直面しても動揺することなく、
冷静な判断を下すことが出来ると云っている。

 「無心の境地」といえるだろう。
何事も、欲望や疑念に心が惑わされていては、
善い判断(選択)はくだし難い。

 勝負事でも、勝とうと気負えば冷静な判断を欠き、
実力を発揮できないで終わってしまう。

 移り行く「時代の様相」や変化する「世間の常識」に
ただ流されたままでは
自分の心を安らかに落ち着かせることはできない。
「自分の心の静かさ」の中でこそ
その「真の姿」を能く止める(知る)ことができる。

 「つねに止水のような静かな心境を持てば
世間一般の真の姿をとらえることができる」と・・・。

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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