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大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず
ー大行不顧細謹、大礼不辞小譲ー    史記
(史記:百三十巻。前漢の司馬遷が撰した、中国最初の通史です。
上古の黄帝から、漢の武帝までの歴史を紀伝体で記しています。)

 

{原文}
樊噲曰、
大行不顧細謹、大礼不辞小譲
如今、人方為刀俎、我為魚肉。
何辞為。」
於是遂去。

 

{書き下し文}
樊噲(はんかい)曰はく、
大行(たいこう)は細謹(さいきん)を顧みず、
大礼(たいれい)は小譲(しょうじょう)を辞せず

如今(いま)、人は方(まさ)に刀俎(とうそ)たり、我は魚肉たり。
何ぞ辞せんや。」と。

是に於いて遂に去る。

鴻門の会4

{意解}
樊噲は
大きなことを行うときに些細な謹みなど顧みません。
大きな礼節を行うには小さな謙譲など問題ではありません。
今、まさに相手は包丁やまな板であり、我々は魚や肉なのです。
どうして(命を狙う項羽のところに再び戻り)辞退の挨拶をする必要がありましょうか。」と言った。
こうして、(劉邦は決断して)遂に立ち去った。

 「大行」は大きな仕事、「細謹」は細事を謹(つつし)むこと。
「小譲」は小さな謙譲。合わせると
大事をまえにして小事にこだわる必要がない」の意味になり、
決断を促す時に使われる。

 劉邦が秦の都咸陽に入場した時。遅れをとった項羽は
劉邦に怒りを爆発させ、総攻撃の準備にかかった。
それを知った劉邦は自ら項羽の陣、鴻門(こうもん)に赴いて謝罪を申し入れる。
その席上、項羽の参謀氾増(はんぞう)に命を狙われるが、
何とかその場はおさまり酒宴になった。

 劉邦は手洗いに立ったのをきっかけに、そのまま陣に帰ろうとする。が
項羽に暇乞(いとまご)いしてこなかった事を劉邦は気にしていた。
そのときの、お供の樊噲の言葉である。

「今の私たちは俎上(そじょう)の魚も同然。命が危ないという時に、
なんで挨拶などいりましょうか」といって決断を促した。
有名な「鴻門の会」である。

 

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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