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遠慮なければ、必ず近憂あり
ー無遠慮、必有近憂ー    論語 衛霊公第十五・十一
(論語:十巻二十編。孔子や孔子の門弟の言行を記したもの。
儒家の聖典とされている。四書の一つ。)

 

{原文}
無遠慮、
必有近憂。

 

{書き下し文}
遠慮(えんりょ)なければ、
必ず近憂(きんゆう)あり。

無遠慮

{意解}
ここでの「遠慮」は気兼ねではなく、遠きを慮(おもんばか)るである。
ゆえに「遠い先のところまで見通して対策を考えておかないと、
近いところで迷いや誘惑に足をすくわれることになる」の訳になる。

 孔子ならずとも、誰でも気づき口にしそうな言葉であるが、
いざ、その場面に遭うと、気づき実行することは、難しく思える。

「左伝」にも、
「君子は遠慮あり、小人は邇(ちか)きに従う」とある。
目先にとらわれて、右往左往しがちな、私たちである。

では、遠慮とはどの程度先を指しているのか。
人それぞれであるが、将来の目標を持てば、
十年位を視野に入れておくべきだろう。
そうすれば、ある程度の「近憂」を避けることができると思われるが。

中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4)

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