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大禹たいう聖人せいじんにしてすなわ寸陰すんいんしめり、
衆人しゅうじんはまさに分陰ふんいんしむべし

ー大禹聖人乃惜寸陰、至於衆人当惜分陰ー  十八史略 晋書

【十八史略:七巻。元の曾先之の撰。十八史略とは、十八史の要略の意で、
太古から南宋までの四千年間の史実を簡略に記し、初学者の課本に供したもの。】

原文:
大禹聖人、乃惜寸陰、
至於衆人、当惜分陰。

書き下し文:
大禹たいう聖人せいじんにして、すなわ寸陰すんいんしめり、
衆人しゅうじんに至っては、まさに分陰ふんいんしむべし。

*至於:~に至っては

 

意解:
」は、むかし中国を治めたといわれる聖王。
ことばの意味は、「禹は聖人であるにもかかわらず、寸陰すんいん(短い時間)を惜しんで仕事に精励せいれいした。まして凡人たる者は、分陰ふんいん(さらに短い時間)を惜しんでつとめなければならない」となる。
東晋時代の名将陶侃とうかんの語ったことばである。

陶侃という人は、みずからにもそのような日課を課したらしい。
その精励ぶりは、仕事のあるうちは一日中膝もくずさず事務をとり、
その日の仕事を翌日に延ばすということがなかった。そのくらいであるから、
部下が酒やバクチで仕事をなまけているのを見ると、
酒やバクチの道具を取り上げて川に投げ込み、
「バクチなど、人間のクズのやることだ」といましめたという。

いささかヤリ過ぎの嫌いがないでもないが、その気持はわからないでもない。
とくにリーダーには、陶侃の言う「分陰を惜しむ」精励が望まれるのかもしれない。

 

*「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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沈琳 二胡 女人花

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