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呑舟どんしゅううお枝流しりゅうおよがず

ー呑舟之魚不游支流ー       列子 楊朱
(列子:八巻。戦国初期の鄭のひと列御冠の撰とされているが、
偽作説もあり。別名「沖虚真経」。)

これは「列子|楊朱」の言の一文である。
『列子』(れっし)は、春秋戦国時代の鄭(てい)の人、
列御寇(れつぎょこう)の著書とされる道家の文献を指す。
別名を『冲虚至徳真経』ともいう。
『天瑞』、『黄帝』、『周穆王』、『仲尼』、
『湯問』、『力命』、『楊朱』、『説符』の8巻、
多くの寓言により、道家的思想を伝える。

 

{原文}
呑舟之魚,不游枝流
鴻鵠高飛,不集汚池。
何則其極遠也。

 

{書き下し文}
呑舟(どんしゅう)の魚(うお)は枝流(しりゅう)に游(およ)がず、
鴻鵠(こうこく)は高く飛びて汚池に集わず。
何となればすなわちその極めて遠ければなり。

 


{意解}

「呑舟の魚」とは、舟をひと呑みにするような魚である。
そういう大きな魚は、川の支流には泳がないのだという。
鴻鵠(こうこく|おおとり、くぐい)は高く飛んで,汚れた池には集まらない。
なぜならば、その目指す所が極めて遠いところだからである。

この言葉には、次のような含意があるようです。
大きな目標を持つこと
小事にこだわらないこと
この二つです。

人生の目標は大きいほどよい。
初めから小さい目標を立ててかかると、
それだけの結果に甘んじてしまう。
その点、大きな目標を立ててかかると、
かりに半分しか実現しなかったとしても、
かなりな線まで到達することができよう。

目標を立てたら、次は、
それを実現するためには小事にこだわらりすぎないことだ。
「枝流」のような枝道にまぎれこまないように、
いつも、しっかりと目標に向かって歩くことである。

ゆっくりでもかまわない。しかし、

つねに大きな目標から目をそらしてはならない。

 

*「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

 

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沈琳 二胡 女人花

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