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木は縄に従えば則ち正しく、后は諌めに従えば則ち聖なり|中国古典 名言に学ぶ

第八章 木は縄なわに従したがえば則すなわち正ただしく、后きみは諌いさめに従したがえば則すなわち聖せいなり ー惟木従縄則正、后従諌則聖ー  書経 説命えつめい上 【書経:二十巻。「尚書」のこと。五経の一つ。堯、舜の伝説時代から夏、 殷を経て、周代に至る間の政治に関する記録。初めは単に「書」といったが、 宋代になって「書経」と呼ばれるようになった】 原文: 惟木從繩則正、 后從諫則聖。 后克聖、 臣不命其承。 書き下し文: 惟これ木は縄なわに従したがえば則すなわち正ただしく、 后きみは諌いさめに従したがえば則すなわち聖せいなり。 后克よく聖なるときは、 臣命めいぜずとも其それ承うけん。 意解: 「縄」は、墨縄すみなわである。 大工さんが木材を切ったり削ったりするときに墨を引いた道具である。 この墨縄に従って製材すれば真っ直ぐな材木がとれる。 それと同じように、君主も臣下の諫言かんげんに耳を傾ければ 立派なトップになることができるというもの。 トップには「諍臣そうしん」の必要なことを語った言葉である。 貞観政要 卷二 論求諫 貞觀十七年に「諍臣は必ずその漸を諫む」とある。「諍臣そうしん」とは、トップに過失があったとき、敢然として諌いさめる臣下を云う。しかし、そういう諍臣でも、諌めるときは、「漸ぜん」すなわち兆きざしの段階で諌めるのだという。なぜなら、末期症状を呈ていするようになっては、どんなに諌めても、もはや手遅れだからである。 「孝経」諫諍かんそう篇に次の言葉がある。 原文: 昔者、天子有爭臣七人、雖無道、不失其天下。 諸侯有爭臣五人、雖無道、不失其國。 大夫有爭臣三人、雖無道、不失其家。 士有爭友、則身不離於令名。 父有爭子、則身不陷於不義。 故當不義、則子不可以不爭於父。 臣不可以不爭於君。故當不義、則爭之。 從父之令。又焉得爲孝乎。 書き下し文: 昔者むかし、天子に爭臣そうしん七人あれば、無道といえどもその天下を失わず。 諸侯に爭臣五人あれば、無道といえどもその国を失わず。 大たい夫ふに爭臣三人あれば、無道といえどもその家を失わず。 士に爭友そうゆうあれば、すなわち身み、令名れいめいを離れず。 父に爭子そうしあれば、すなわち身、不義ふぎに陥らず。 ゆえに不義に当っては、すなわち子もって父に争わざるべからず。 臣、もって君きみに争わざるべからず。ゆえに不義に当ってはすなわちこれを争う。 父の令に従したがう。また焉いずくんぞ孝と為なすを得えんや。 *無道:人の道にはずれること *爭臣そうしん:トップに過失があったとき、敢然として諌める臣下 *不義ふぎ:正義・道義・義理に反すること *参考資料:Web漢文大系 孝経 諫爭章第十五 してみると、トップだけでなく、どんな立場の人にも、「爭臣」が必要だということになる。かれらの諫言かんげん(諌める言葉)に耳を傾ければ、過あやまちを少なくすることができるということだ。 *参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、 自分なりに追記や解釈して掲載しています。 私たちは、日々、何をするにしても 大なり小なり、決断(選択)をしている その折々に思い出し、 より善い選択(決断)ができるように 貴方も私も 在りたいですね。

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