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第八章

 

たるものとく

 

ー善吏者樹徳ー  韓非子 外儲説 左下 第三十三
【韓非子:二十五巻五十五篇。戦国時代の韓非の撰。先秦時代の法家の学を集大成し、
それに韓非の考えを加えたもの。はじめ「韓子」と称したが、
宋以後、唐の韓愈と区別するため「非」の字を加えたもの】

 

原文:
善为吏者树德
不能为吏者树怨。
概者、平量者也。
吏者、平法者也。
治国者、不可失平也。

 

書き下し文:
たるものとくう。
たざるたるものうらみをう。
がいする者は、りょうたいらにするものなり。
たる者は、ほうたいらにするものなり。
くにおさめるものは、たいらにするをうしなうべからざるなり。


 


 

意解:
孔子の弟子の子皐しこう(子羔)がえいの国の裁判官をつとめていたとき、
一人の男を足切りの刑に処した。
刑を終えた男はやがて城門の番人にとりたてられる。
 
その後、衛の国に内乱が起こり、
身に危険の迫った子皐は城門から脱出しようとした。
すると、くだんの番人に呼び止められ、地下室にかくまわれて事なきを得る。
 
子皐が理由を尋ねたところ、番人はこう答えたという。
「私の罪は逃れようもないものでしたが、貴方様はお取り調べの時、
なんとか罪を免れさせてやろうと一生懸命のご様子でした。また、
罪状が確定して判決を申し渡される時には、
いかにも辛くてならぬといったお気持ちがありありと見て取れました。
あの時から、私は貴方様を徳としているのでございます。」
 
のちに孔子はこの話を聞いて、「たるものとくう」と語ったという。
上に立つ者には徳が必要だということである。

 

*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

 

私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。

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沈琳 二胡 女人花

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