積善の家には必ず余慶あり|中国古典 名言に学ぶ

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第四章

 

積善せきぜんの家にはかなら余慶よけいあり

ー積善之家必有余慶ー  易経 坤為地
(易経:「易」または「周易」ともいう。五経の一つ。卜筮(ぼくぜい)の法によって、
倫理道徳を説いたもの。上下の「経」と、その注釈篇である。
「十翼」からなり、十翼は孔子の編と伝えられている。)

{原文}
積善之家必有餘慶。
積不善之家必有餘殃。
臣弑其君、子弑其父、
非一朝一夕之故。
其所由來者漸矣。
由辯之不早辯也。
易曰、履霜堅冰至。
蓋言順也。

{書き下し文}
積善せきぜんの家にはかなら余慶よけいあり。
積不善せきふぜんの家には必ず余殃よおう有り。
臣にして其の君をしいし、子にして其の父をしいするは、
一朝一夕いっちょういっせきゆえあらず。
って來る所の者はぜんなり。
これべんじて早く辯ぜざるにるなり。
易に曰く、しもんで堅冰至けんぴょういたる、と。
けだじゅんなるを言うなり。


{口語訳}
善行を積み重ねた家には、その報いとしてきっと幸福が子孫にまで及び、
反対に不善を積み重ねた家には、
きっと災禍が子孫にまで降りかかるものである。
臣下が自分の君主を殺したり、
子が自分の親を殺したりするような痛ましい事件は、
一朝一夕の短い期間で起こりうる性質のものではない。
霜を踏んで歩く季節を経ると、やがて氷の張る季節がくるように、
物事の兆候ちょうこうが現れれば、大事が間もなくやってくる、
早い段階にその事態を理解し適切な措置そちほどこさなかった結果なのである。

{意解}
ぜん(よいこと)を積み重ねた家では、その恩恵が子孫におよび、
不善ふぜん(よくないこと)を積み重ねた家には、そのわざわいが子孫にまで及ぶ。」
という意味である。  
い行いをしていれば良い報いがある。
悪い行いをしていれば悪い報いがある。
だから、良い報いを期待しようとするなら、 普段のおこないをつつしまなければならない。
また、あくに向かっていることに気づいたら、
早めに軌道修正きどうしゅうせいしなければならないのだという。  
典型的な「因果応報いんがおうほう」論と言ってよい。
合理的に物事を考えようとする人は、
あるいはこういう思考を拒否するかもしれない。
だが、これを自分に言い聞かせることによって、
今現在の自分の行いを慎もうとするところに、 この言葉の意義がある。  

「易経」とは、 古代中国の占筮(せんぜい/細い竹を使用する占い)の書である。
符号を用いて状態の変遷、変化の予測を体系化した古典。

 中心思想は、陰陽二つの元素の対立と統合により、 森羅万象の変化法則を説く。
古代中国の哲学と宇宙観の集大成であり、 著者は伝説上の人物である伏羲ふっきとされている。
儒教の基本書籍である五経の筆頭に挙げられる経典である。 

 太古よりの占いの知恵を体系・組織化し、 深遠な宇宙観にまで昇華させている。
今日行われる易占法の原典であるが、 古代における占いは
現代にしばしば見られる軽さとは大いに趣きを異にし、
共同体の存亡に関わる極めて重要かつ真剣な課題の解決法であり、
占師は政治の舞台で命がけの責任を背負わされることもあった。
 
こうした背景を考えると、また、この一文の重みも違って感じてくる。  
現代では、特に女性には 星座占い(西洋占星術を簡略化したもの)、
六星占術(細木数子)、タロット占い 水晶占い(スクライング)、
姓名判断、手相占い、風水、と人気である。

 これまで占いには、科学的要素が入っていると言う説が
提示されたことはあったが、
はっきりとした科学的な根拠があると認められたことはない。

*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。

 

 

ナオン について

美容業界での長年のマネージメント能力を活かし、悩み相談、マネージメント、又人生の選択時により善い選択(決断)の一助になればと中国古典の「意解」に取り組んでます。役に立てて喜ばれる事が励みです。
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