己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す|論語 雍也

第一章 大きく生きる
己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す
ー己欲立而立人、己欲達而達人ー 論語 雍也
(論語:十巻二十編。孔子や孔子の門弟の言行を記したもの。
儒家の聖典とされている。四書の一つ。)
{原文}
己欲立而立人、
己欲達而達人。
{書き下し文}
己立たんと欲して人を立て、
己達せんと欲して人を達す。

{意解}
「自分の名誉を大切に思うなら、 まず他人の名誉を重んずる。
自分が自由でありたければ、 まず他人の自由を重んずる」 と訳せる。
孔子が一番重要視したのが「仁」である。
しかし、「仁」を「論語」のなかで、 明確に定義しておらず、
相手や、質問に応じて様々な言い方をしている。これもその一つである。
孔子の弟子、子貢が「人民を貧窮から救い、生活を安定させてやれば
仁と言えるのではないでしょうか」 とたずねると、
「それはもう仁どころではない、そこまでいけば聖だよ。
堯・舜のような聖人でさえ、 それを成就できなくて悩んだのだ。
仁はもっと身近にある」 と言い、この言葉をあげたのである。
「仁」とは 人間にとって最も普遍的で包括的、根源的な
愛を意味するもの として考えられてきた。
(他人に対する親愛の情、優しさ)
それは社会人としての基本条件と言える。儒学を大成した孔子は
君子は仁者でなければならないと説いている。
中庸にも「智、仁、勇の三者は天下の達徳なり」とあり。
「仁」とは、相手の気持ちや立場に立って考えてあげること。
つまりは思いやりの心。むろん、その前提として、
「我も人なり、彼も人なり」という人間的共感が必要であると、
「仁」を徳の中の徳、重要な徳と云っている。
*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。
私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。
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