士は己を知る者のために死す|中国古典 名言に学ぶ

士は己を知る者のために死す

士は己を知る者のために死す

第八章

おのれもののために

ー士為知己者死ー  戦国策|史記 刺客列伝 豫襄
【戦国策:三十三篇。周の元王から秦の始皇帝までの戦国時代の謀臣、策士
らの活躍を各国別に編んだもの。前漢の劉向の編】
【史記:百三十巻。前漢の司馬遷が撰した、中国最初の通史。
上古の黄帝から、漢の武帝までの歴史を紀伝体で記されている】

原文:
士為知己者死
女為悦己者容。

書き下し文:
おのれもののためにし、
女は己を愛する者のために化粧する。

士は己を知る者のために死す

士は己を知る者のために死す

意解:
春秋時代の末期、豫譲よじょう予譲よじょう)という男が普の重臣の知伯ちはくに重用されていた。
やがて知伯は政敵の趙襄子ちょうじょうしに滅ぼされる。このとき、豫譲は山中に逃れ、
「ああ、士は己を知る者のために死し、女は己を愛する者のために化粧する。
主君の怨みは必ず晴らす」と言って復讐を誓い、襄子をつけねらう。

だが、苦心の甲斐もなく捕らえられ、襄子のまえに引きすえられる。襄子が「おまえは、他にも仕えたことがあるのに、どうして知伯のためだけ仇を報いようとするのか」と詰問きつもんしたところ、豫譲はこう答えたという。「他にも使えたことは仕えたが、待遇は十人並みだった。だが、知伯は、国士として遇してくれた。だから私も国士として報いるのだ」と。

この説話は、部下の心情を理解し、それを態度で示すことが相手のやる気を引き出すカギになることを教えているように思う。リーダーたる者、このように、「一命をして」言い直せば、一個人の利益や損得を超えて、事に当たってくれる人材を部下に持つことができれば、これ程心強いことはない。

そして、上司が自分の能力を、把握してもらえているか(理解者)が、部下にとっては重大なことである。どんな仕事であっても、上司が自分を見ていてくれて、認めてくれていることを知れば、それに報いるために、最善の努力をして、組織のために働く、それが人の心の常である。

三国志 諸葛孔明 後出師表に「鞠躬尽力、死して後已まん」がある。これは、孔明が二代目劉禅りゅうぜんたてまつった出陣の挨拶状あいさつじょうとでも言うべき「後出師ごすいしひょう」の結びのところに出てくる。「鞠躬きっきゅう」とは、上の者の命令をかしこんでうけたまわるといった意味で、この場合、命令とは劉備の遺言ということになろう。孔明の後半生はまさに「鞠躬尽力」そのものであり、それが長く人々の感動を誘う理由となっている。これこそ、「士は己を知る者のために死す」を表す理解者(劉備玄徳)に対する諸葛孔明の命をかけて報いる姿だろう。

参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。

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