
これ賢これ徳、よく人を服す
第八章
これ賢これ徳、よく人を服す
ー惟賢惟徳、能服於人ー 三国志 先主伝注 諸葛亮集
【三国志:六十五巻。正史の一つ。漢滅亡の後、
天下を三分した三国(魏、呉、蜀)に関する史書。五代の晋、陳寿の撰】
原文:
勿以惡小而爲之、
勿以善小而不爲。
惟賢惟德、能服於人。
汝父德薄、勿效之。
書き下し文:
悪、小なるを以てこれを爲す勿れ、
善、小なるを以てこれを爲さざる勿れ。
これ賢これ徳、よく人を服す。
汝父德薄、之效う勿かれ。

これ賢これ徳、よく人を服す
意解:
「三国志」の劉備が呉と戦って大敗を喫し、
丞相の諸葛孔明に後事を託して白帝城で死去したとき、
我が子劉禅にあてて一通の遺書をしたためている。
其の中に、この言葉が出てくるのである。
その中で劉備は、「人生五十まで生きれば短命だとは言えない。
まして私は六十余歳。恨むこともなし、悔やむこともない。
ただ一つ心にかかるのはおまえたち兄弟のことだ」と語り、
次のように述べている。
「小さな悪だからといって、けっして行ってはならぬ、
小さな善だからといって、けっして怠ってはならぬ。
賢と徳、この二字が人を動かすのである。
(これ賢これ徳、よく人を服す)
汝の父は徳に欠けていた。この父にならってはならぬ」
劉備は謙虚と信頼をもって部下に接していた。
言わば、他の誰よりも徳を身につけていた人である。
それなのに、「わたしは徳に欠けていた」と反省しているところが、
いかにも劉備の謙虚さと優れた人格を感じとれる。
*賢:才知がすぐれている。
*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。
私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。