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歓楽極かんらくきわまって哀情多あいじょうおお

 

ー歡樂極兮哀情多ー     古文真宝 秋風辞
(古文真宝:二十巻。宋の黄堅の編。前集は漢~宋代までの著名な詩、
後集は楚の屈原~宋代までの著名な辞賦、文章を収めた詩文集。)

 

{原文}
秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。  
蘭有秀兮菊有芳、懷佳人兮不能忘。
泛樓船兮濟汾河、橫中流兮揚素波、
簫鼓鳴兮發棹歌、歡樂極兮哀情多、
少壯幾時兮奈老何。

 

{書き下し文}
秋風起って白雲飛び、草木黄落して雁南に帰る。
蘭にはな有り菊にかお・り有り、佳人をおもうてわするるあたはず。
樓船ろうせんかべて汾河ふんがわたり、中流に橫たはりて素波そはぐ。
簫鼓しょうこ鳴りて棹歌とうかを發す、歓楽極かんらくきわまって哀情多あいじょうおおし。
少壯しょうそう幾時いくじいを奈何いかんせん。
 
樓船ろうせん:屋形船
汾河ふんが:中国の山西省を南北に流れる大きな川で、渭河に次ぐ黄河第二の支流。
素波そは:白い波
簫鼓しょうこ:笛と太鼓
棹歌とうか:船頭が舟をこぎながらうたう歌
少壯しょうそう:若くて元気なころ
奈何いかんせん:どうしようもない

 

{口語訳}
秋風が立って白雲が飛び、
草木は黄ばみ落ちて雁が南に帰る、
蘭や菊が香るこの季節、
佳人が思い起こされて忘れることができない。
楼船を泛べて汾河を渡り、
中流に横たわって白い波をあげる。
船内は弦歌が鳴り響いて
歓楽が極まるうちにも、なぜか憂いの思いが募ってくる。
若い時期はながくない、年老いていく身をどうすることもできない。

 

 

{意解}
漢の武帝の「秋風辞しゅうふうのじ」と題する武帝の詩の一節です。

 武帝は、前漢の全盛期、第7代皇帝である。
意のままに何でもできる立場にあり、
その楽しみ方も豪奢ごうしゃを極めたに違いない。

 その武帝ですら、楽しみの影に忍び寄る「哀情」を如何ともできなかった。
これが人生というものかも知れない。

 私たちの楽しみ方など、武帝のそれには遠く及ばない。が、
「歓楽極まって」という思いは、全く一緒である。

座も乱れて落花狼藉らっかろうぜきの騒ぎになると、
楽しみどころか、荒涼こうりょうとした思いが募ってくる。

「秋風辞」
秋風にのって香り立つ草花、
思い出される愛しい貴女、
年をとっていく自分、
まさに秋の心、うれいの季節なのだろう。

「礼記」も(楽しみは極むべからず
「菜根譚」も(花は半開を看、酒は微酔に飲む
と戒めている。

 楽しみに溺れて無駄に時を過ごしてはならないということである。

 

*「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

 

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沈琳 二胡 女人花

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