憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘る|中国古典 名言に学ぶ

憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘る50,96

憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘る50,96

第一章

いきどおりをはつしてしょくわすれ、たのしみてってうれいをわす

ー発憤忘食、楽以忘憂ー  論語 述而第七
【論語:十巻二十編。孔子や孔子の門弟の言行を記したもの。
儒家の聖典とされている。四書の一つ】

原文:
葉公問孔子於子路、子路不対。
子曰、汝奚不曰、其為人也、
発憤忘食、楽以忘憂
不知老之将至云爾。

書き下し文:
葉公しょうこう、孔子を子路に問う。子路こたえず。
子曰く、なんじなんわざる。その人とりや、
いきどおりをはつしてしょくわすれ、たのしみてってうれいをわすれ、
老いのまさいたらんとするを知らざるのみ。

憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘る50,96

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意解:
孔子の弟子に、子路という人物がいる。ある人が、子路に向かって、
「孔子とはどんな人物ですか」とたずねた。だが、子路は答えられなかった。
あとでそのことを知った孔子は、こう語ったという。

なんじなんぞわざる。その人となりや、憤りを発して食を忘れ、
楽しみて以って憂いを忘れ、老いのまさに至らんとするを知らざるのみ、と」

なぜ答えてくれなかったのかね。時勢を憂えると食事のことも忘れてしまう。楽しみごとに熱中すると心配事も吹っ飛んでしまう。そうして老い先の短いことも忘れている男だ、と。ざっとこんな意味になるかもしれない。

これは、孔子が自ら描いてみせた自画像である。「憤り」だけではなく「楽しみ」もあるところがなんとも言えない味わいを感じる.因みに、孔子は弟子の子貢に信条とする言葉を聞かれて、「じょ己の欲せざる所は人に施すなかれ」と答えている。

「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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大なり小なり、決断(選択)をしている
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