遠慮なければ、必ず近憂あり: 中国古典 名言に学ぶ

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第六章

遠慮えんりょなければ、必ず近憂きんゆうあり

ー無遠慮、必有近憂ー    論語 衛霊公 第十五 十一
(論語:十巻二十編。孔子や孔子の門弟の言行を記したもの。
儒家の聖典とされている。四書の一つ。)

{原文}
無遠慮、
必有近憂。

{書き下し文}
遠慮えんりょなければ、
かなら近憂きんゆうあり。

近憂きんゆう:身近なところで起こる心配事のこと

{意解}
ここでの「遠慮」は気兼ねではなく、遠きをおもんばかるである。
ゆえに「遠い先のところまで見通して対策を考えておかないと、
近いところで迷いや誘惑に足をすくわれることになる」の訳になる。

 孔子ならずとも、誰でも気づき口にしそうな言葉であるが、
いざ、その場面に遭うと、気づき実行することは、難しく思える。

「左伝」にも、
「君子は遠慮えんりょあり、小人はちかきにしたがう」とある。
目先にとらわれて、右往左往しがちな、私たちである。

では、遠慮えんりょ(遠きをおもんばかる)とはどの程度先を指しているのか。
人それぞれであるが、将来の目標を持てば、
十年位を視野に入れておくべきだろう。
そうすれば、ある程度の近憂きんゆう(身近なところで起こる心配事)を
避けることができると思われるが。

*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

私たちは、日々、何をするにしても
大なり小なり、決断(選択)をしている
その折々に思い出し、
より善い選択(決断)ができるように
貴方も私も 在りたいですね。

己を琢く手段を探る!

 

 

ナオン について

美容業界での長年のマネージメント能力を活かし、 人生の選択時により善い選択(決断)の一助になればと、 中国古典の「意解」に取り組んでます。 古希を目前にして振り返れば、 その折々により善い選択(決断)が出来なかった事、 心ならずも人の心を傷つけてしまった事に、 後悔の思いは数知れず、走馬灯のように過ります。 私のように後悔先に立たずという思いは 読者には少しでも避けてほしいとの思いで ”中国古典 名言に学ぶ 総集編”を作成しました。
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