天下の憂いに先立ちて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ|中国古典 名言に学ぶ

天下の憂いに先立ちて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ50,96

天下の憂いに先立ちて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ50,96

第八章

天下てんかうれいにさき立ちてうれい、天下てんかたのしみにおくれてたのしむ

ー先天下之憂而憂、後天下之楽而楽ー  文章規範 范仲淹 岳陽楼記
【文章規範:七巻。宋の謝枋得の編。科学受験者のために規範となりうる文を集めたもの。諸葛孔明の「出師の表」と陶淵明の「帰去来辞」以外は、唐宋の文を選んでいる】

原文:
居廟堂之高、則憂其民、
處江湖之遠、則憂其君。
是進亦憂、退亦憂。
然則何時而樂耶。其必曰、
先天下之憂而憂、
後天下之樂而樂歟。
噫、微斯人、吾誰與歸。

書き下し文:
廟堂びょうどうの高きに居りては、すなわちその民をうれひ、
江湖こうこの遠きにりては、則ちその君を憂う。
これ進むもまた憂ひ、退しりぞくもまた憂う。
しからばすなわいずれの時にか楽しまんや。それ必ずいわん、
天下てんかうれいにさき立ちてうれい、
天下てんかたのしみにおくれてたのしむ。
ああなればの人、吾誰われだれにかせんや。

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意解:
憂うべき事態は人々が気づく前に察知して解決に奔走し、
楽しみごとは人々に楽しんでもらってから、自分はその後で楽しむ。
略して「先憂後楽せんゆうこうらく」といい、リーダーのあるべき心構えを語った言葉だとされる。

宋代の范仲淹はんちゅうえんという政治家の書いた、「岳陽楼記がくようろうのき」と題する文章の中に出てくる。
范仲淹はこの文章を次のように結んでいる。
「高い立場にいる時には、その国や民衆のことを考えるべきであるし、官位を離れて民間の中にいる時には、遠くから君主の政治を心配するべきなのである。士官して政治の中心にいても、退いて民間にいても国のことを考えるのが為政者いせいしゃなのである。ならば、いつ楽しむことができるのであろうか。その為政者は必ず「天下の憂うべき事態は人々が気づく前に察知して解決に奔走し、楽しみごとは人々に楽しんでもらってから、自分はその後で楽しむのだ」と言うであろう。ああ、このような心を持った為政者がいなければ、私は誰に従えばよいのであろうか。」

これは范仲淹自身の決意表明であったわけだが、現代のリーダーにも同じことが望まれるであろう。いつの時代でも、人々は「先憂後楽」型のリーダーが現れるのを待っているのである。

論語 述而第七に「憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘る」とある。
これは、孔子が自ら描いてみせた自画像である。
なんじなんぞわざる。その人となりや、憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘れ、老いのまさに至らんとするを知らざるのみ、と」なぜ答えてくれなかったのかね。時勢を憂えると食事のことも忘れてしまう。楽しみごとに熱中すると心配事も吹っ飛んでしまう。そうして老い先の短いことも忘れている男だ、と。

*参考資料:「中国古典一日一言」守屋洋(著)をもとに、
自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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